世界平和

 

"How can we accomplish world peace?"

That was the question he asked me at the very end of the assessment test.

 

その場では、だいぶ当たり障りのない発言をしたような気がする。

自分と異なる他者に対して寛容であることが何より重要で、

そのためには異質なものや、それにどう対処するべきなのかを学ぶ必要があり、

だから教育はとても大切である、みたいな話を。

 

歴史の教科書は史実についてニュートラルでなくてはいけなくて、

この戦争は誰が悪くて、何がダメで、とか、善悪の二項対立ではなくて、

どこでわかりあえなかったのか、妥協するためにはどうすればいいのか、とか、

そういうことを学んでいかなければならない、みたいな話を。

 

でも、果たしてそうかなあ、って思っちゃって。

だってそもそも、自分と異質なものを受け入れる寛容さが大事とか言いながら、

「世界は平和にならなければならない」っていう共通の合意が前提だし。

そもそも何をもって「世界平和」を定義するのかにもよる。

 

愛があれば世界は平和だと、誰かが言っていたけど、

誰かへの愛が、他の誰かを傷つけてしまうことだってあるし、

そもそも何度も繰り返されてきた戦争も、虐殺も、

あるいは環境破壊も、全部何者かに対する愛が原動力だったんじゃないかな。

 

そしたら、僕らは愛のために争ってることになるんだね。

なんだかロマンチック。

 

***

 

僕は、世界は平和にはならないと思う。

その是非は抜きにして。

 

果てしなく続く混沌の中で、

たったひとつでも、愛し抜ける何かを見つけられればいいね。

沢山の人を傷つけて、世界中を敵に回したとしても、

それでも愛し抜きたいと思える、何かを。