初秋の冷たい風と、古傷。

 

 僕がまだ13歳だった頃、いつも僕に意地悪をする宮島くんというクラスメイトがいて。運が良かったのか悪かったのか、2年生の時も3年生の時も同じクラスだったのだけど。彼はとかく何かを破壊することが好きな人で、いつも僕の靴や、教科書や、筆記用具や、時には美術の時間に作った陶芸品をめちゃめちゃにしていた。おかげで僕は授業の時に教材がない、なんていうのも日常茶飯事だったので、例えば英語の教科書のダイアログは全部暗記していたし、あるいは靴がない日は素足のまま下校したりしていた。宮島くん以外にも僕に意地悪をしたり、あるいは僕を上手に利用して宿題をやらせたり読書感想文を代筆させたりする人はいた。でも、一番ひどいことをするのはいつも決まって宮島くんで、問題になるのも宮島くんの行動だった。

 井上くん、というクラスメイトもいて。彼は元々小学校の時からかなり不安定な人だった。彼はすごく数学が得意だったので、勉強についていけなくて不安定だったわけではないのだけど、あまり気が強い方ではなくて、それを他の友達からからかわれていたりしたのは確かだ。でね、彼は2年生の夏休み明けから学校に来なくなってしまった。僕は、井上くんと特に親しくしていたわけではなかったのだけど、宮島くんはじめ素行不良のクラスメイトの板書をとりがてら(僕の板書を見ながら試験前にきちんと勉強するのだから、彼らは本当は真面目な人たちだったのだと思う)、彼の分の授業ノートもまとめていた。

 ある11月の、風がとても冷たかった日の放課後、僕がいつものように教室でせっせと作業をしていると、午後の授業をサボってどこかに消えていた宮島くんが突然教室に現れて、いつものように僕のもとに、暴力団が恐喝をするかのような姿勢でやってきた。しばらく、僕にヘッドロックをかけたり、僕の使っていた下敷きに品性下劣な落書きをして楽しんだ後、宮島くんは僕がまとめていた板書が、明らかに宮島くんや宮島くんの取り巻きの人たちのものでないことに気づいた。

 「これ、井上の分やろ?」

 「…、そうやね。いつも、先生に頼んで持ってってもらっちょんけん」

 「そうなんや。あいつ、もうしばらく学校来てないけんなあ。」

 2人はなんとなく沈黙して、しばらく虚空を眺めていたのだけど、だんだんとその沈黙に耐えられなくなってしまった僕は、

 「…、宮島くんも来たり来なかったりやけどね」

 と宮島くんを挑発し、すると彼は、

 「お前、もう一回同じこと言ってみ?」

 と言って、また僕を羽交い絞めにして、その後で、僕の筆箱の中身をまき散らしながら「じゃあまたな」と言って帰ってしまった。

 宮島くん、井上くんが学校に来てないことも、僕が彼のために板書をとっていたことも知っていたのかもしれない。宮島くんと全然関わりがないと思っていたのに、事実、全く話している姿を見たことないのに、井上くんのことをきちんと認識していたのかもしれない、と思った。いや確実にそうだ。だって、宮島くん、僕の机の中を荒らすときも、僕の教科書やらノートやらは容赦なくぐちゃぐちゃにするけど、いつも井上くんの板書だけは無事だったから。不自然なくらい、井上くんの板書はいつも無傷だった。

 宮島くんは、そういう男だった。

 結局、井上くんは3年生になっても学校に来なかったし、宮島くんは3年生になっても僕に意地悪をし続けた。先生に注意されても、怒られても、人間的にダメだと生徒会長やら学級委員に罵倒されても、それでも。人間て、そんな簡単に変われないものだと思う。中学生のような変化著しい時期でさえそうなのだから、大人になってから変わるなんてもっとずっと大変だ。

 宮島くんみたいに、常に誰かを攻撃していないと生きていけない人って、実は結構いる。そういう人たちに、いじめはダメですよとか、周りの人を大切にとか言っても、仕方ないのかもしれない。でも彼みたいに、弱い人間には決して手を出さず、多少攻撃しても大丈夫な、一見弱そうだけど、その実しなやかな人間を上手に使って、自分の攻撃性に折り合いをつけることができれば、きっとみんなマシな生活になると思う(もちろん、某生徒会長や某学級委員みたいに正義感を振りかざす人たちもいるのだけど)。そのためだったら、僕、なんでもするよ、なんでもされるよ、って思う。そのために僕みたいなのがいるんだと思う。宮島くんは一撃でそういうのを見抜ける人だった。僕にしても、井上くんにしても。多分。

 いつか、宮島くんが鋭い爪で僕をひっかいた時に、僕の右手の甲に深い傷ができて、今もその傷が残っているのだけど、その傷を見るたびに、僕は彼を思い出す。彼と、彼がいつも気にしていた井上くんを思い出す。ちょうど今日はあの日の放課後と同じ、冷たい風が吹いている。